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<title>monologue</title>
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<title>この振る舞が決して良かろうはずも無く</title>
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<![CDATA[<p><img alt="step" src="http://www.diveshore.net/monologue/photo/step.jpg" class="img_L" width="144" height="220" border="0" />&nbsp;4月14日、中平卓馬に遭遇。<br />
アマポーラを口ずさみながら、掌をヒラヒラさせて去って行った。 私は茫然自失＆硬直… 中平氏の視線に、ひきつった笑いを浮かべるのがやっと。</p>

<p>&nbsp;&nbsp;そして今日、ABCで行われたトークイベント（中平卓馬×倉石信乃×八角聡仁）に参加。 先日刊行された批評集成 『見続ける涯に火が』 ではないけれど、中平氏、かなりギリな涯にいるなという印象。<br />
 <br />
 <br />
 <br />
 <br />
 </p>]]>

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<title>五感を翻弄するのです</title>
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<dc:subject>写真</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="chuoline.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/photo/chuoline.jpg" class="img_L" width="145" height="220"  border="0" />&nbsp;&nbsp;「スモーク」という映画があります。<br />
1995年の作品で、ウィリアム・ハートなどが出ています。前に見たのですが、仕事帰りにレンタル屋で見つけ借りてみました。かつて見たのは 「写真」 がこの映画のカギになっていると友人に聞いたからでした。</p>

<p>&nbsp;&nbsp;ニューヨークのブルックリンにある煙草屋を舞台に、そこに集う人々のちょっとしたエピソードを綴ったもので、村上春樹やポール・オースターの短編小説集を思わせる雰囲気の映画です。そこの常連客にポールという作家がいて、あるとき煙草屋の店主オーギーが趣味で写真を撮っていることを知り、見せてもらうことになります。オーギーが撮っている写真は、毎朝まったく同じ時刻に同じ場所で１枚だけシャッターを切ったもので、４千枚に及ぶ写真は日付順にきちんとアルバムに整理されていました。<br />
&nbsp;&nbsp;ポールにとってはどれもこれも同じような代り映えのしない写真にしか見えず、次第にろくに見もせずに次々とアルバムをめくりはじめます。するとオーギーが言います 「ゆっくり見なきゃダメだ、でないと何も見えない．．． 同じように見えても、一枚一枚全部違う写真なんだ」 と。世界の小さな片隅に過ぎないけど、そこでもいろんなことが起きているんだと。</p>

<p>&nbsp;&nbsp;そこでポールは、あらためてゆっくりと１枚１枚写真を見始めます。<br />
しばらくすると、ある日の一枚の写真に息をのみます。そこには、数年前に起きた銀行強盗事件で亡くなったポールの妻が写っていたのです。ポールはあふれる感情を抑えきれず、とめどなく涙を流します。オーギーは、ポールが妻の死による喪失感からいまだ立ち直れずにいることを感じて、あえてそのアルバムを見せたのでしょう。１枚の写真によって２人の間に言葉にならない何かが共有され、ポールの心が癒され立ち直るきっかけとなります。　このシーンが実に良いのです。</p>

<p>&nbsp;&nbsp;久しぶりに見て、ひとつ感じたことがあります。<br />
写真は過ぎ去る光景や想い出を保存する記録媒体だと思われています。でも写真を見たときに感じる色々なことは、はたして写真の中に記録されているのでしょうか？ 遠い昔の光景、過去の想い出、湧き上がる感情など、それは写真の中では無くそれを見る人の中にあると思います。ですから写真は記録媒体というよりも、むしろ再生装置なのではないでしょうか。写真をみることで、とうに忘れていたことや光景が、思いもしなかった気持ちが再生されるのです。でも写真という再生装置はとても小さくて断片的な再生ヘッドしかもたないため、ぱっと見ただけでは何もわからないし何もおこりません。<br />
オーギーが言うように、写真を見るときは ゆっくり と。<br />
---<br />
　スモーク(SMOKE/1995年/アメリカ)<br />
　監督：ウェイン・ワン<br />
　脚本：ポール・オースター<br />
　出演：ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハートほか<br />
※村上春樹＆ポール・オースターっぽいと書きましたが、調べたらポール・オースター原作/脚本でした。　この映画、ラストもいいです。</p>]]>

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<title>たなごころの満ちた場所へ出かけて何かを得たような気に</title>
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<modified>2006-10-28T02:57:25Z</modified>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;このところ 中平卓馬だらけの毎日... 映画「カメラにな...]]></summary>
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<dc:subject>写真</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="street.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/street.jpg" class="img_L" width="220" height="146" border="0" />&nbsp;&nbsp;このところ 中平卓馬だらけの毎日...<br />
映画「カメラになった男 写真家 中平卓馬」のレイトショー、プロヴォークを含む写真集６冊や雑誌に掲載された多くの断片を連夜見つめ、植物図鑑をはじめとする写真論／映像論集、および中平卓馬やプロヴォークに関するあまたの評論を読み直しています。<br />
それというのも、今週末に新宿の photographers' gallery で行われる 「 再読・中平卓馬　1.ブレとボケ　2.記録と芸術　3.国境　4.現在 」 という講座に参加するからです。参加前にあたらめて中平卓馬の世界を考えてみようと思ったのです。<br />
&nbsp;&nbsp;写真や評論はもちろんなのですが、数々語られる中平さんのエピソードにも僕はとても惹かれます。 なかでも好きなのは中平さんが吸うタバコ、ショート・ホープについての逸話。&nbsp;&nbsp;... プロヴォーク当時、友人がロング・ピースを吸っているのを見て、 『 この悪い時代に長い平和？　オレはこれだぜ、 短い希望 』&nbsp;&nbsp;と絡んだという （友人はその後ロング・ピースを捨て、ショート・ホープに替えた）...&nbsp;&nbsp; 現在の中平さん、正確にはショート・ホープ・ライトを吸っている （パッケージにある矢のイラストが赤かった）。</p>

<p>※第3回 photographers' gallery講座<br />
&nbsp;&nbsp;.「再読・中平卓馬　1.ブレとボケ　2.記録と芸術　3.国境　4.現在」<br />
&nbsp;&nbsp;.http://www.pg-web.net/home/pg_lecture/2006/03kohara.html</p>]]>

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<title>喪失</title>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<![CDATA[<p>&nbsp;&nbsp;CGIの動作に問題があり、MTを3.33-jaに更新。その際に古いエントリーを喪失。<br />
過去の自分が書いたものを読むのは、テープレコーダーに録音された自分の声を聞くときのような恥ずかしさと苦痛を感じるので、復旧は行わずこのまま放置。</p>]]>

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<title>身近の光景が精神の中心にあったはずだったのに、</title>
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<modified>2006-10-16T04:04:58Z</modified>
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<dc:subject>写真</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="sil.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/sil.jpg" class="img_L" width="220" height="148" border="0" />&nbsp;&nbsp;現像を終えたばかりのまだ濡れているネガを光に透かすと、そこには曖昧で不定形な事実が脈略もなく並んでいる。 その夥しい流れの中からひとにぎりの事実をえぐり出すように、１枚の写真をつくり出してゆく。 自身の現実をつくり出しているように思われてきます。 過ぎ去ってゆく瞬間を意味づけ、記憶という物語を刻一刻改竄してゆく行為としての写真、それは生きること、つまり人生そのものではないでしょうか。 写真が人生だと言っているのではありません。 生きることが、一遍の虚構を練り上げることに似てくると思ったのです。 単なる物質の化学反応であるはずの写真が、象徴の輝きを帯びてくる。</p>]]>

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<title>淡いものであるだけに、追い求めているものが目の前で消えていってしまうのです</title>
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<modified>2006-10-16T04:04:53Z</modified>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;懐かしさにとらわれることが多くなったのは、年齢のせいなの...]]></summary>
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<dc:subject>写真</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="elevator.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/elevator.jpg" class="img_L" width="220" height="144" border="0" />&nbsp;&nbsp;懐かしさにとらわれることが多くなったのは、年齢のせいなのでしょうか。<br />
たとえば階段を見上げ、地下鉄の入口の形に切り取られた青空を見たとき．．<br />
&nbsp;&nbsp;たぶん懐かしさとは、今この現実の瞬間からほんのすこし身をずらすことだと思います。現在の場所から過去を眺めること、あるいは過去の場所に立って現実を見つめること。つまりそれは２つの時間に同時にふれることであり、失われてしまった夥しい瞬間と失われつつある瞬間への愛惜ではないでしょうか。 ．．写真というものに、すこし似ているような気がします。</p>]]>

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<title>解き放たれたと思えても、常に何かにからまれたままだから</title>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;絶対的な価値基準というものを考えたとき、はたして僕達に、...]]></summary>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="train.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/train.jpg" class="img_L"  width="220" height="148" border="0" />&nbsp;&nbsp;絶対的な価値基準というものを考えたとき、はたして僕達に、趣味と嗜好の他になにがあるのでしょう。 たとえば写真の価値、あるいは作品の価値をどこまでも追求していったとき、絶対的な判断というものは誰にも下せないのではないかと思うのです。 これは写真に限らず、詩や文学や絵画、音楽や映画をも含めた現代芸術すべてにあてはまることでしょう。 でも１０人のうち１０人全員の意見が一致することがあるのも確かで、そこに恣意的な好みの問題を超えた、何か普遍的なものがあるのではと考えることも可能です。 しかしそれは、ある土地、あるいは ある時代の感受性の傾向を表しているだけなのではないでしょうか。 作品の周辺を読み取ることはできても、作品の価値そのものを語ってはいないと思うのです。</p>

<p>だから批評は個々のつぶやきとして、つまり最後には、まわりが何と言おうと僕はこの写真が本当に好きだし、だから僕にとって絶対的に価値があるんだと一人ごちるしかない。逆説めく言い方ですが、どれだけ誠実に主観的であるかが批評の客観性にかかわるように思うのです。</p>

<p>※お茶の水に新しく出来たギャラリーで清家冨夫氏の展示が開催される。 氏の写真集「ＺＯＥ」は僕の宝物のひとつ。 ノクチルックスの開放で撮られた女性のポートレイト集を見たとき、窒息に似た感動を覚えた （ライカを買ったのはこの写真集を見たため。 がしかし ノクチルックスは買えてない．．．）。　セイケトミオは僕の中で別格の写真家。<br />
また９月は中藤毅彦氏の展示が２つのギャラリーで同時開催される。　ロシアと上海の作品。 なんとも嬉しい。</p>

<p>清家冨夫写真展「モノクロームの時間」<br />
 (http://gallery-bauhaus.com/kikaku.html)</p>

<p>中藤毅彦写真展「Street Rumbler Shanghai/Russia」<br />
 (http://niepce-tokyo.com/index2.html)</p>]]>

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<title>堪えた感情が吹きだす機会をうかがい始めて、</title>
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<modified>2006-10-16T04:04:28Z</modified>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;書くということは隠すということだ、と かつて友人が言って...]]></summary>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="shadowman.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/shadowman.jpg" class="img_L" width="210" height="137" border="0" />&nbsp;&nbsp;書くということは隠すということだ、と<br />
かつて友人が言っていた。高校時代に文芸誌を主宰していた彼とは20代の頃、仕事が終ると二人で呑みながらとりとめもなく話したことを思い出す。<br />
&nbsp;&nbsp;書くということは何を書くのか選ぶことであり、それはまた何を書かないのかを選ぶことでもある。書かれた文章の裏には書かれなかった多くのものごとがうごめいており、時にその書かれなかったものの存在が、書かれたものよりもはるかに強く立ち表れてくると。 隠すことで表すというこの逆説は、そのまま写真についても言えるだろう。</p>

<p>その友人が死んだ。<br />
彼は小林秀雄に傾倒していた。<br />
鎌倉を歩きたいと思う。小林秀雄が過ごした鎌倉で、友人が見つめていたものを撮りたいと思う。&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;たった一人のためにも、写真は撮っていけるのだ．．．</p>]]>

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<title>受け入れたわけではなく、やむ無くのみ込まざるを得なく追い込まれて、</title>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;夜、鴉の夢で目を覚ます。 そこで気になり深夜、深瀬昌久の写真集を久々...]]></summary>
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<![CDATA[<p><img alt="ctown.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/ctown.jpg" class="img_L" width="210" height="144" border="0" />&nbsp;夜、鴉の夢で目を覚ます。<br />
そこで気になり深夜、深瀬昌久の写真集を久々に開く。見ていると鉛のように胃が重くなってくる。 呪いのような、いや根源的な孤独。やはり凄い、凄すぎる。地獄。<br />
眠れなくなり、漱石を読む。</p>

<p>．．． 烏が一疋下りている。 翼をすくめて黒い嘴をとがらせて人を見る。 百年碧血の恨が凝って化鳥の姿となって長くこの不吉な地を守るような心地がする。<br />
吹く風に楡の木がざわざわと動く。 見ると枝の上にも烏がいる。 しばらくするとまた一羽飛んでくる。どこから来たか分らぬ。 傍に七つばかりの男の子を連れた若い女が立って烏を眺めている。&nbsp;&nbsp;（中略）&nbsp;&nbsp;小供は女を見上げて 「鴉が、鴉が」 と珍らしそうに云う。<br />
それから 「鴉が寒むそうだから、麺麭をやりたい」 とねだる。 女は静かに 「あの鴉は何にもたべたがっていやしません」 と云う。 小供は 「なぜ」 と聞く。<br />
女は長い睫の奥に漾うているような眼で鴉を見詰めながら 「あの鴉は五羽います」 といったぎり小供の問には答えない．．． （夏目漱石/倫敦塔）</p>]]>

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<title>思いがけぬところに見つけた和みに馴染んでしまい、</title>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;映画館が好きなのよ。 ひとつ置いたところに座っている女性...]]></summary>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="marui.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/marui.jpg" class="img_L" width="145" height="210" border="0" />&nbsp;&nbsp;映画館が好きなのよ。 ひとつ置いたところに座っている女性の声が耳に入る。 隣に座っているスーツ姿の男性に話している。 そうじゃないの、映画は映画館でというようなこだわりは全然ないのよ。 僕は本を閉じて、千駄ヶ谷あたりかと電車の外を見るが暗くて分からない。<br />
&nbsp;&nbsp;上映前の少しザワザワした薄暗い中に座ってる感じも好きだし、はじまる時に明かりが消えて暗くなるでしょう、そうすると何か子供の頃にお母さんと映画を見たときみたいな、そういう気持ちになるのよ。 彼女の声には夢の情景をゆっくりと想い出しているような、そんな響きがある。僕も子供の頃を思い出していた。 映画が好きというよりもね、映画館という場所が好きなのよ、あたし。<br />
&nbsp;－あなたの好きな場所はどこですか？<br />
&nbsp;－『映画館の中』</p>

<p>悪くない... たしかに、悪くない。</p>]]>

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<title>しかし、光の手前にある闇にのみ込まれているようで、</title>
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<modified>2006-10-16T04:03:50Z</modified>
<issued>2006-06-02T02:16:40Z</issued>
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<summary type="text/plain"><![CDATA[&nbsp;&nbsp;会社帰りに撮っているため、僕の写真は夜がほとんど。 しか...]]></summary>
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<dc:subject>写真</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="shiba.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/shiba.jpg" class="img_L" width="144" height="220" border="0" />&nbsp;&nbsp;会社帰りに撮っているため、僕の写真は夜がほとんど。 しかし何だか急に夜は撮る気がしなくて、ここ４～５日は酒ばかり呑んでいる。 友人と呑みながら、写真のことも話したり聞かれたりするわけだが、たとえば昨日の会話．．．</p>

<p>&nbsp;「．．．で、どういう写真を目指してるわけ？」<br />
&nbsp;「目指すって言うか、魅かれるのはさ、たとえば見渡す限りのひろ～い草原があったとするよね。 で、その真ん中に何かがあったり 動いてたりする景色よりも、端の方にいつも何かが消えていくような景色に気持ちが持っていかれるんだよね」<br />
&nbsp;「う～ん．．．？」<br />
&nbsp;「フランスにさ、ポール・ヴィリリオっていう哲学者がいてね、その人はバックミラーに映り流れる風景を見るためだけに、暇があればパリの環状道路を車に乗って走り続けたんだよ。 解るんだよね俺、なんかその気持ち」<br />
&nbsp;「じゃぁ、Ｆ１とか いいんじゃないの？(笑）」<br />
&nbsp;「うーん（笑） 具体的なもんじゃなくて、そういう印象というか感覚の話でさ」<br />
&nbsp;「写真家でいうと？」<br />
&nbsp;「そうだねぇ、まぁあえて言えばベルナール・プロスとか、日本だったら鈴木清とか．．．」<br />
&nbsp;「二人とも知らないなぁ。」</p>

<p>．．．それは言葉にしにくいし、言葉にしてしまうと非常につまらないものになってしまう。</p>]]>

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<title>覚醒も酔いのうちに違いないのではないかと思えて</title>
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<summary type="text/plain">．．「＜ぼくは見た＞ が起こる」 奇妙な言い方だ。 〓〓 たとえば、夢の経験。 ...</summary>
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<email>hosaka@diveshore.net</email>
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<dc:subject>独り言</dc:subject>
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<![CDATA[<p><img alt="child.jpg" src="http://www.diveshore.net/monologue/archives/photo/child.jpg" class="img_L" width="220" height="148" border="0" />．．「＜ぼくは見た＞ が起こる」 奇妙な言い方だ。 －－ たとえば、夢の経験。 それについては、＜ぼくは見た＞と言うことによってはじめて、夢が夢の現実、夢の経験として可能になるのではないか。 もしそのとき、その夢が言葉を不可能にしてしまう夢、私から＜ぼく＞と言う力を根底的に奪ってしまうような夢だったらどうだろう。 ＜ぼく＞というものが死ぬ夢だったらどうだろう。 そして、さらには、それが夢ではなく、現実 －ただし現実というものが不可能になった現実－ だったとしたらどうだろう．． （大地から/への転回－ハイデカーと大地の喪失 - 小林康夫）</p>

<p>バライタ六つ切３０枚買う。<br />
第３のビールと呼ばれているやつを呑んでみる。 はちきれんばかりの不味さにびっくり。</p>]]>

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