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この振る舞が決して良かろうはずも無く

Apr.22.2007

step 4月14日、中平卓馬に遭遇。
アマポーラを口ずさみながら、掌をヒラヒラさせて去って行った。 私は茫然自失&硬直… 中平氏の視線に、ひきつった笑いを浮かべるのがやっと。

  そして今日、ABCで行われたトークイベント(中平卓馬×倉石信乃×八角聡仁)に参加。 先日刊行された批評集成 『見続ける涯に火が』 ではないけれど、中平氏、かなりギリな涯にいるなという印象。




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五感を翻弄するのです

Nov.15.2006

chuoline.jpg  「スモーク」という映画があります。
1995年の作品で、ウィリアム・ハートなどが出ています。前に見たのですが、仕事帰りにレンタル屋で見つけ借りてみました。かつて見たのは 「写真」 がこの映画のカギになっていると友人に聞いたからでした。

  ニューヨークのブルックリンにある煙草屋を舞台に、そこに集う人々のちょっとしたエピソードを綴ったもので、村上春樹やポール・オースターの短編小説集を思わせる雰囲気の映画です。そこの常連客にポールという作家がいて、あるとき煙草屋の店主オーギーが趣味で写真を撮っていることを知り、見せてもらうことになります。オーギーが撮っている写真は、毎朝まったく同じ時刻に同じ場所で1枚だけシャッターを切ったもので、4千枚に及ぶ写真は日付順にきちんとアルバムに整理されていました。
  ポールにとってはどれもこれも同じような代り映えのしない写真にしか見えず、次第にろくに見もせずに次々とアルバムをめくりはじめます。するとオーギーが言います 「ゆっくり見なきゃダメだ、でないと何も見えない... 同じように見えても、一枚一枚全部違う写真なんだ」 と。世界の小さな片隅に過ぎないけど、そこでもいろんなことが起きているんだと。

  そこでポールは、あらためてゆっくりと1枚1枚写真を見始めます。
しばらくすると、ある日の一枚の写真に息をのみます。そこには、数年前に起きた銀行強盗事件で亡くなったポールの妻が写っていたのです。ポールはあふれる感情を抑えきれず、とめどなく涙を流します。オーギーは、ポールが妻の死による喪失感からいまだ立ち直れずにいることを感じて、あえてそのアルバムを見せたのでしょう。1枚の写真によって2人の間に言葉にならない何かが共有され、ポールの心が癒され立ち直るきっかけとなります。 このシーンが実に良いのです。

  久しぶりに見て、ひとつ感じたことがあります。
写真は過ぎ去る光景や想い出を保存する記録媒体だと思われています。でも写真を見たときに感じる色々なことは、はたして写真の中に記録されているのでしょうか? 遠い昔の光景、過去の想い出、湧き上がる感情など、それは写真の中では無くそれを見る人の中にあると思います。ですから写真は記録媒体というよりも、むしろ再生装置なのではないでしょうか。写真をみることで、とうに忘れていたことや光景が、思いもしなかった気持ちが再生されるのです。でも写真という再生装置はとても小さくて断片的な再生ヘッドしかもたないため、ぱっと見ただけでは何もわからないし何もおこりません。
オーギーが言うように、写真を見るときは ゆっくり と。
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 スモーク(SMOKE/1995年/アメリカ)
 監督:ウェイン・ワン
 脚本:ポール・オースター
 出演:ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハートほか
※村上春樹&ポール・オースターっぽいと書きましたが、調べたらポール・オースター原作/脚本でした。 この映画、ラストもいいです。

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たなごころの満ちた場所へ出かけて何かを得たような気に

Oct.28.2006

street.jpg  このところ 中平卓馬だらけの毎日...
映画「カメラになった男 写真家 中平卓馬」のレイトショー、プロヴォークを含む写真集6冊や雑誌に掲載された多くの断片を連夜見つめ、植物図鑑をはじめとする写真論/映像論集、および中平卓馬やプロヴォークに関するあまたの評論を読み直しています。
それというのも、今週末に新宿の photographers' gallery で行われる 「 再読・中平卓馬 1.ブレとボケ 2.記録と芸術 3.国境 4.現在 」 という講座に参加するからです。参加前にあたらめて中平卓馬の世界を考えてみようと思ったのです。
  写真や評論はもちろんなのですが、数々語られる中平さんのエピソードにも僕はとても惹かれます。 なかでも好きなのは中平さんが吸うタバコ、ショート・ホープについての逸話。  ... プロヴォーク当時、友人がロング・ピースを吸っているのを見て、 『 この悪い時代に長い平和? オレはこれだぜ、 短い希望 』  と絡んだという (友人はその後ロング・ピースを捨て、ショート・ホープに替えた)...   現在の中平さん、正確にはショート・ホープ・ライトを吸っている (パッケージにある矢のイラストが赤かった)。

※第3回 photographers' gallery講座
  .「再読・中平卓馬 1.ブレとボケ 2.記録と芸術 3.国境 4.現在」
  .http://www.pg-web.net/home/pg_lecture/2006/03kohara.html

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喪失

Oct.17.2006

  CGIの動作に問題があり、MTを3.33-jaに更新。その際に古いエントリーを喪失。
過去の自分が書いたものを読むのは、テープレコーダーに録音された自分の声を聞くときのような恥ずかしさと苦痛を感じるので、復旧は行わずこのまま放置。

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身近の光景が精神の中心にあったはずだったのに、

Sep.23.2006

sil.jpg  現像を終えたばかりのまだ濡れているネガを光に透かすと、そこには曖昧で不定形な事実が脈略もなく並んでいる。 その夥しい流れの中からひとにぎりの事実をえぐり出すように、1枚の写真をつくり出してゆく。 自身の現実をつくり出しているように思われてきます。 過ぎ去ってゆく瞬間を意味づけ、記憶という物語を刻一刻改竄してゆく行為としての写真、それは生きること、つまり人生そのものではないでしょうか。 写真が人生だと言っているのではありません。 生きることが、一遍の虚構を練り上げることに似てくると思ったのです。 単なる物質の化学反応であるはずの写真が、象徴の輝きを帯びてくる。

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